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東京地方裁判所 平成11年(行ウ)19号 判決 1999年11月12日

原告 A

右訴訟代理人弁護士 大貫憲介

同 山口元一

被告 法務大臣臼井日出男

<他1名>

右両名指定代理人 川口泰司

<他8名>

主文

一  被告法務大臣が平成一一年一月二九日付けで原告に対してした出入国管理及び難民認定法四九条一項に基づく原告の異議の申出は理由がない旨の裁決を取り消す。

二  被告東京入国管理局主任審査官が平成一一年二月一日付けで原告に対してした退去強制令書発付処分を取り消す。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文第一項及び第二項と同旨

第二事案の概要

本件は、バングラデシュ人民共和国(以下「バングラデシュ」という。)の国籍を有する外国人である原告が、在留期間を過ぎて本邦に不法に残留したとして、出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)二四条四号ロに該当する旨の東京入国管理局(以下「東京入管」という。)の入国審査官の認定と、右の認定が誤りがない旨の東京入管特別審理官の判定を受けたことから、被告法務大臣に対し、異議の申出をしたが、異議の申出に理由がない旨の裁決を受け、被告東京入管主任審査官から退去強制令書が発付されたため、被告法務大臣のした右裁決及び被告東京入管主任審査官のした右退去強制令書発付処分がいずれも違法であるとして、それらの取消しを求めるものである。

一  争いのない事実

1  原告は、昭和四三年一二月二日生まれのバングラデシュ国籍を有する男性である。

2  原告の入国及びその後の在留状況

(一) 原告は、平成二年一〇月四日、大阪国際空港(以下「大阪空港」という。)に到着し、外国人入国記録の「日本滞在予定期間」及び「渡航目的」欄にそれぞれ「ONE WEEK」、「BUSINESS」と記載して上陸申請をし、右同日、大阪入国管理局(以下「大阪入管」という。)大阪空港出張所入国審査官から、入管法別表第一に規定する在留資格「短期滞在」、在留資格「九〇日」の上陸許可を受けて本邦に上陸した。

(二) 原告は、その後、在留期間更新許可申請又は在留資格変更許可申請をすることなく、右上陸許可の在留期限である平成三年一月二日を超えて本邦に不法に残留した。

(三) 原告は、入国して約一週間後に群馬県北群馬郡所在のA野鋳造で稼働を開始した後、埼玉県秩父市所在のB山商会、同市所在のC川製作所、群馬県北群馬郡所在のD原産業、東京都練馬区北町所在の株式会社E田インターナショナル(以下「E田インターナショナル」という。)等で稼働して、後に述べる平成一〇年一〇月一二日の栃木県佐野警察署員による逮捕までの約七年九か月にわたり、引き続いて本邦において就労した。

(四) その間の平成九年五月ころ、原告は、同年一月から稼働していた東京都練馬区北町所在のE田インターナショナルにおいて、入社してきた日本人であるA田花子(以下「A田」という。)と知り合い、A田と交際を始めた。

その後、原告とA田は、同居を開始した。

(五) 原告は、平成一〇年一〇月一二日、自動車を運転中に警察官の職務質問を受け、栃木県佐野市韮川二七八番地一先道路上において、入管法違反容疑により栃木県佐野警察署員に現行犯逮捕された。そして、同月二三日、入管法違反(不法残留)事件により宇都宮地方裁判所足利支部に起訴され、同年一二月一〇日、同支部において、入管法違反(不法残留)により懲役二年、執行猶予四年とする判決の宣告を受け、右判決は同月二五日に確定した。

(六) A田は、右起訴後、右判決前の間の平成一〇年一二月二日、東京都板橋区長に対し、原告との婚姻届を提出した。同婚姻届は、受理伺とされた後、右同日付けで受理された。

3  退去強制令書発付処分に至る経緯について

(一) 東京入管入国警備官は、平成一〇年一〇月一五日、同日付けの宇都宮地方検察庁足利支部から原告についての通報を受け、これに基づき、入管法二四条四号ロ該当容疑者として違反調査に着手した。そして、同入国警備官は、違反調査を行った結果、原告が入管法二四条四号ロに該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして、同年一二月九日、東京入管主任審査官から収容令書の発付を受け、同月一〇日、宇都宮地方裁判所足利支部において右収容令書を執行し、右同日、原告を東京入管収容場に収容した。東京入管入国警備官は、同月一一日、原告を入管法二四条四号ロ該当容疑者として東京入管入国審査官に引き渡した。

(二) 東京入管入国審査官は、平成一〇年一二月二八日、審査の結果、原告が入管法二四条四号ロに該当する旨の認定を行い、原告にこれを通知したところ、原告は、右同日、口頭審理を請求した。

(三) 東京入管特別審理官は、平成一一年一月一三日、A田立会いのもと、原告について口頭審理を行い、右同日、入国審査官の前記認定に誤りのない旨の判定をし、原告にこれを通知したところ、原告は、右同日、被告法務大臣に異議の申出をした。

(四) 被告法務大臣は、平成一一年一月二九日、原告の異議の申出は理由がない旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をし、本件裁決の通知を受けた東京入管主任審査官は、同年二月一日、原告に本件裁決を告知するとともに、退去強制令書(以下「本件退令」という。)を発付した(以下、これを「本件退令発付処分」という。)。そこで、東京入管入国警備官は、右同日、これを執行し、原告を引き続き東京入管収容場に収容した。

(五) 東京入管入国警備官は、同月一七日、原告の身柄を入国者収容所東日本入国管理センター(以下「東日本センター」という。)に移収し、原告は、現在も同所に収容されている。

二  争点及びこれに対する当事者の主張

本件裁決の取消しを求める請求の争点は、被告法務大臣が原告に対し入管法五〇条一項に基づく在留特別許可(以下「在留特別許可」という。)を与えなかった本件裁決が違法であるか否かである。

また、本件退令発付処分は、本件裁決が違法であれば、当然にその違法性を承継し違法となる関係にあるところ、本件退令発付処分の取消しを求める請求における争点も、本件裁決が違法であるか否かである。

右争点に関する当事者の主張は、次のとおりである。

(原告の主張)

1 本件裁決の違法性

(一) 原告のような在留期間を徒過したまま日本に滞在するいわゆる超過滞在者が、日本人、永住者との婚姻を理由に在留特別許可を申請した場合、①婚姻の真正、②配偶者との同居、③素行の善良の要件が満たされる限り、「日本人の配偶者等」の在留資格で在留特別許可がされるのが通例であり、その旨を定める内部基準も存在する。

これを本件についてみてみるに、原告とA田は、平成九年五月ころ知り合い、親しく交際を始め、同年六月末に同居を開始し、同年一〇月から内縁の夫婦として生活しており、平成一〇年一二月二日、法律上も夫婦となった。婚姻届の提出こそ逮捕後になってしまったものの、従前の交際・内縁生活の経緯、A田が母に原告を内縁の夫として紹介し、頻繁に交流をはかっていたこと等に照らし、両名の婚姻が愛情に基づく、真摯なものであることは疑いようがない。

このように、原告の婚姻の真実性、過去の生活実態に照らし、原告に在留特別許可が認められることは確実であったにもかかわらず、被告法務大臣は、原告に関する具体的事実を全く把握することなく、本件裁決をした。したがって、本件裁決は違法なものであり取消しを免れない。

また、法務省は、入管法五条一項四号について、「刑に処せられた」とは、刑の確定があれば足り、刑の執行を受けたか否か、刑の執行を終えているか否かは問わず、執行猶予中のもの、執行猶予期間を無事経過したものも含まれると解釈している。そうすると、仮に本件退令に基づき、原告の国外への送還が執行されると、右の解釈、運用に従う限り、原告は永久に日本に戻ってくることができなくなってしまい、原告夫婦の生活は完全に破綻してしまうことになる。したがって、この点からも、本件裁決は違法であるといわざるを得ない。

(二) 仮に、被告法務大臣の裁決が裁量性のある処分であるとしても、①判断の前提となる具体的事実が正確に把握されていなければならず、事実の認識に誤りがあったり、あるいは事実の認識自体が欠けている場合は、裁決は違法になること、②裁量的処分は、当該事件の諸事情を総合して考慮の上、専門的に高度な判断を行って、その判断に基づいてなされるべきものであり、したがって、当該具体的事件の具体的諸事実を参酌しないままに行われた処分は、違法の評価を受けること、③裁量性のある処分であっても、過去の行政処分例や内部基準等に従い、行政の平等を損なわないようにしなければならず、行政の平等性を損なう恣意的な判断に基づく処分が違法と評価されることは自明である。

しかるに、被告法務大臣は、原告の境遇、状況に関する具体的事実を何ら把握することなく本件裁決を行ったものであり、しかも、本件は、内部基準や従来の行政実務からすれば当然に在留特別許可がなされてしかるべき事例であるにもかかわらず、これをしなかったものであり、本件裁決は違憲・違法といわざるを得ない。

(三) さらに、本件裁決は、市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「B規約」という。)一七条等にも違反するものである。

(1) B規約一七条は、「1 何人も、その私生活、家族、住居若しくは通信に対して恣意的に若しくは不法に干渉され又は名誉及び信用を不法に攻撃されない。」「2 すべてのものは、1の干渉又は攻撃に対する法律の保護を受ける権利を有する。」と定め、また、同二三条は、「1 家族は、社会の自然かつ基礎的単位であり、社会及び国による保護を受ける権利を有する。」「2 婚姻をすることができる年齢の男女が婚姻をしかつ家族を形成する権利は、認められる。」と定めている。

(2) 条約法に関するウイーン条約(以下「条約法条約」という。)は、国際条約の解釈に関して発展してきた国際慣習法を公式に集大成したものである。昭和五五年一月二七日に発効(日本については昭和五六年八月一日発効)しており、遡及効をもたないため、それ以前に発効したB規約には形式的には適用がないが、条約法条約の内容は、それ以前からの国際慣習法を規定しているので、国際慣習法としてB規約にも適用されるべきであるところ、条約法条約三一条一項は、「条約は、文脈によりかつその趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味に従い、誠実に解釈するものとする。」と規定し、同三二条は、文言があいまいであったり、条文が自己矛盾を犯しているかのように思える場合は、解釈の補助として附属資料を用いることができる旨規定している。そして、B規約について附属資料となり得るものには、①B規約の準備作業段階の記録、②B規約の判断的意見を持つ規約人権委員会の出版物(B規約の個々の条文を解釈するガイドラインとなる「一般的意見」、個々の条約国による特定の条約違反に関する「意見」等)、③同種の他の条約(ヨーロッパ人権条約)とその判例法等がある。

(3) 右によりB規約の公定的解釈と認められる規約人権委員会の一般的意見のうち、昭和六三年三月二三日にB規約一七条の「恣意的」な干渉の文言について採択された一般的意見の要旨は、次のとおりである。

ア 法によって認められていない場合の干渉は、不法である。この場合、法自体がB規約の規定、目標及び目的に合致していなければならない。

イ 法に基づいてなされた干渉であっても、B規約の規定、目標及び目的に合致しないものは、「恣意的」な干渉とされる。干渉は、どのようなことがあろうと特定の状況の中で合理的でなければならない。そして、規約に合致する干渉でさえも、関連法規により、そのような干渉が許される条件を正確かつ詳細に明記しなければならない。また、許される干渉を実施する場合の決定は、法で定められた機関が事案ごとにしなければならない。

(4) B規約は、ヨーロッパ人権条約により成立した国際慣習法を確認し、その規定を全世界に拡大して適用すべく創設されたものである。そして、ヨーロッパ人権条約八条は、一項で、すべての者は、その私的及びその家族生活、住居及び通信の尊重を受ける権利を有する旨、二項で、この権利の行使については、国の安全、公共の安全若しくは国の経済的福利のため、また、無秩序若しくは犯罪の防止のため、健康若しくは道徳の保護のため、または他の者の権利及び自由の保護のため民主的社会において必要なもの以外のいかなる公の機関による干渉もあってはならない旨定めているが、B規約一七条は、ヨーロッパ人権条約八条によって確認され、成立した国際慣習法を追認し拡充したものである。右のヨーロッパ人権条約八条に関し形成された判例法は、次のとおりである。

ア ユパル対英国事件

インド人であるユパル夫婦は、短期滞在目的で一九七四年に英国に入国したが、その後不法残留し、一九七五年、一九七七年に二子をもうけた。その子らは、連合王国及び植民地市民の地位を取得している。その後、ユパル夫婦が定住許可申請のために、英国当局に出頭したところ、一九七七年一二月、英国政府により退去強制の決定がなされた。それに対し、ユパル夫婦、その子ども、両親より、退去強制の取消しを求める申立てがヨーロッパ人権委員会になされ、同委員会は、かかる申立人夫婦、両親、子の三家族のレベルにかかわることに注目して、一九七九年五月、その申立てを許容する旨の決定を行った。

イ ムスタキー対ベルギー事件

二歳のときに家族と共にモロッコからベルギーに移住して合法的に在留していたムスタキーは、少年時に強盗などを繰り返し、一九八二年に加重窃盗等二二の犯罪により懲役二六月の実刑となり、服役後の一九八四年に退去強制処分に付された。ヨーロッパ人権裁判所は、ムスタキーの家族がベルギーに合法的に滞在していること、生活の基盤がベルギーにありモロッコにはないことなどから、その退去強制処分をヨーロッパ人権条約違反とした。

ウ ペレハップ事件

オランダ在住のモロッコ人男性ペレハップは、オランダ人女性との婚姻後二年たらずで離婚したが、その直後に長女レベッカが誕生し、ペレハップが在留許可の更新を求めた。更新は認められず、ペレハップは退去強制となったが、ヨーロッパ人権委員会は、ペレハップとレベッカの家族生活が侵害されたとして、オランダの処分をヨーロッパ人権条約八条違反とした。

しかして、条約法条約三二条により確認された国際慣習法は、右判例をB規約の解釈と採用すべきことをB規約の締約国の義務として課しているものと解される。

(5) 本件裁決は、有罪判決を受けた事実のみをもって、退去強制事由に該当する結果を招来するとするものであり、右(四)記載の判例法に照らして、到底合理的といえず、また、被告法務大臣は、原告が日本人女性と婚姻している事実、原告夫婦の生活やその状況及び原告のような事案に対し、従来であれば在留特別許可が認められていたことなどの諸事情を考慮せず、単に有罪判決の存在のみをもって本件裁決をしており、被告法務大臣のした本件裁決は、本件の特定の状況を考慮した合理性のあるものとはいえず、B規約一七条の禁止する「恣意的な干渉」に該当し、違法である。

2 被告法務大臣の裁量権について

(一) 被告らは、国際慣習法上、被告法務大臣には広範な裁量があること、入管法が、被告法務大臣に広範な裁量権を与えていることを主張して、被告法務大臣には、広範な裁量権があると主張する。

(二) しかし、仮に、被告らの主張するような国際慣習法が存在するとしても、その慣習法を根拠に被告法務大臣の裁量を導き出すのは論理の飛躍がある。なぜなら、国家の自由裁量は、必ずしも行政を担う被告法務大臣の裁量を意味せず、国際慣習法は、国家の中の権限分配については何らの基準も示していないからである。日本においては、行政は法律に基づかなければならないのであるから、国家の自由裁量という場合、立法裁量を意味すると解さなければならない。

このように、被告法務大臣は、入管法をはじめとする日本の法律に従わなければならないのであるから、国際慣習法から被告法務大臣の裁量権を導き出す被告らの論理は不当である。

(三) 被告法務大臣は、入管法二一条三項が、被告法務大臣の広範な裁量を認めているとしている。

しかし、入管法は、その上位法であるB規約と整合性が保たれるように解釈されなければならないが、前述のように、B規約一七条は、国家による干渉は特定の状況の中で合理的でなければならないとし、有罪判決の存在のみで退去強制事由に該当するとするような処分を「恣意的な干渉」として禁止しているのであるから、入管法二一条三項も恣意的な干渉を許さない趣旨と解さなければならない。

また、入管法別表第二は、民法上の婚姻関係を「日本人の配偶者等」の在留資格該当性の要件としている。そして、実務上、「日本人の配偶者等」の期間更新の際に要求される資料は、身元保証書、戸籍、住民票、外国人登録済証明書、在職証明書などの職業関連書類及び源泉徴収票などの納税関連書類だけである。入管法の右規定や実務の取扱いからすれば、日本人の配偶者の場合、身分関係に基づく在留資格である特殊性から、在留資格該当性が認められれば、期間更新の相当性が原則として認められるのである。現に、実務上、右の各資料が提出されれば、婚姻関係の真正を疑わせる特段の事情がない限り、原則として期間更新が許可されている。

したがって、被告法務大臣に広範な裁量があるとの被告らの主張は不当である。

(四) しかも、被告らは、日本人の配偶者の場合も、他の在留資格と同様に広範な裁量があると主張するが、どの在留資格に対しても同じ程度の裁量があるかのような議論は、入管法の趣旨に反する。

すなわち、入管法は、在留資格ごとにその要件や提出資料を定めており、これら二つの別表の区別を無視して、いずれも広範な裁量に服するとの見解は議論として余りに粗雑であるといわざるを得ない。日本人の配偶者の在留資格を持つ外国人の配偶者は当然日本人であり、その外国人の在留の許否いかんは、日本人の家庭生活の安全に直結する事柄であって、この点が被告法務大臣の広範な裁量に服するとの見解をとることはできない。

(被告らの主張)

1 外国人の在留の権利について

憲法上、外国人は、我が国に入国する自由を保障されているものでないことはもちろん、在留の権利ないし引き続き本邦に在留することを要求する権利を保障されているものでもないと解すべきであって、入管法もかかる基本的な考え方を当然の前提としている。

2 被告法務大臣の在留特別許可の性質について

(一) 入管法五〇条一項に基づく被告法務大臣の在留特別許可の許否は、被告法務大臣の広範な自由裁量に属するものである。

すなわち、外国人の入国及び滞在の許否は、当該国家が自由に決し得るものであり、条約等特別の取決めがない限り、国家は外国人の入国又は在留を許可する義務を負うものではないというのが、国際慣習法上の原則である。

(二) 我が国の入管法も、かかる原則を前提として定められており、入管法五〇条による在留特別許可の許否も被告法務大臣の自由裁量に属するものである。

加えて、在留特別許可の判断を行うに当たっては、当該外国人の在留状況等の個人的事情のみならず、その時々の国内の政治・経済・社会等の諸事情、外交政策、当該外国人の本国との外交関係等の諸般の事情が総合的に考慮されるものであることから、同許可に係る裁量の範囲は極めて広範にわたることとなる。

しかも、在留特別許可は、退去強制事由に該当することが明らかで当然に本邦からの退去を強制されるべき者に対し、特に在留を認める処分であって、他の一般の行政処分と異なり、恩恵的措置としての性格を帯有していることに留意する必要がある。

(三) ところで、最高裁昭和五三年一〇月四日大法廷判決・民集三二巻七号一二二三頁は、出入国管理令二一条三項に基づく在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由の有無の判断について、「裁判所は、法務大臣の右判断についてそれが違法となるかどうかを審理、判断するに当たっては、右判断が法務大臣の裁量権の行使としてなされたものであることを前提として、その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により右判断が全く事実の基礎を欠くかどうか、又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により右判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうかについて審理し、それが認められる場合に限り、右判断が裁量権の範囲を超え又はその濫用があったものとして違法であるとすることができるものと解するのが、相当である」と判示しているが、右法理は、入管法五〇条一項三号に基づく在留特別許可の付与に関する被告法務大臣の裁量権の行使についても当然に当てはまるばかりか、在留期間更新における裁量権以上に在留特別許可に係る裁量権は以下のとおり広範であるという特色に注意すべきである。

すなわち、入管法五〇条一項の被告法務大臣の在留特別許可に係る裁量権の範囲については、右の在留期間の更新許可の場合と比較すると、在留期間の更新は、適法に在留している外国人を対象として行われるものであり、また、それらの者からの申請権も認められているのに対し、在留特別許可の許否は、入管法二四条各号所定の退去強制事由に該当する容疑者を対象として判断されるものであって、それらの者には、在留特別許可の申請権も認められていない。

また、法文上も在留期間の更新について定めた入管法二一条三項では、「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるとき」に許可することができるとされているのに対し、入管法五〇条一項三号では、「特別に在留を許可すべき事情があると認めるとき」に許可することができると規定されている。

このように、在留特別許可の許否の判断においては、在留期間の更新の場合に比し、対象となる外国人保護の要請が強いとはいえず、また、その許可のための要件も一段と厳しいものとされていることが明らかである。

(四) したがって、被告法務大臣の在留特別許可についての裁量権の範囲は、在留期間の更新の場合の裁量権よりもさらに格段に広範なものというべきであり、反面において、裁判所の審査の及ぶ範囲は、極めて狭いものとなるのであって、右裁量権の行使がその範囲を超え、又はその濫用があったものとして違法であるとの評価を行うためには、在留期間の更新に関する前掲最高裁昭和五三年一〇月四日大法廷判決の示した基準よりもさらに厳格な基準によるべきであり、結局、被告法務大臣がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてそれを行使したものと認め得るような特別の事情があることを要するものと解するのが相当である。

(五) 原告は、在留特別許可の許否については内部基準が設けられ、入管実務は、右内部基準に基づき類型的に処理されているかのように主張する。

しかしながら、前述したとおり、在留特別許可は、諸般の事情を総合的に考慮した上で個別に決定されるべき恩恵的措置であって、法務大臣の広範な自由裁量に属するものであり、特定の事情を有する者について在留特別許可を与える場合が多いということがあったとしても、個別の事情のいかんにより、結論は当然異なり得るものである。仮に事務手続に関し内部基準が存在するとしても、被告法務大臣の広範な自由裁量に基づき在留特別許可の許否の判断がされていることに変わりはないものである。

この点、入管実務においては、日本人等の配偶者がいるなどの特定の事情において類似する案件を分類し、類似の先例などと比較しながら判断するという事務手続も採られているところではある。しかし、あらゆる事情が全く同一の案件は存在しないため、それら類似する案件として分類された案件についても、個別の事情のいかんによっては結論が異なることがあるのであり、個別の事情の総合的な判断を行うことなく、特定の事情のみに着目して機械的に結論を決定するというような意味での類型的処理を行っているものではない。

3 本件裁決及び本件退令発付処分の適法性について

(一) 本件においては、右のような観点に立ち、以下に述べる事情を勘案するならば、原告に対する本件裁決については、およそ被告法務大臣の裁量権の逸脱又は濫用を認める余地はなく、本件裁決及び本件退令発付処分は適法になされたものであり、原告の請求は失当であることが明らかである。

(1) 原告は、平成二年一〇月四日本邦入国後、間もなく不法就労を開始し、平成一〇年一〇月一二日に栃木県佐野警察署員に逮捕されるまでの七年九か月の長期間にわたり不法就労、不法残留を継続していたものであり、また、原告は、外国人登録法三条一項に基づく申請についても、同法が定める期間を経過しても新規登録しておらず現在に至っている。

これらを総合すると、原告の在留状況は極めて不良であるといわなければならない。

(2) また、原告とA田は、これまでに法律上の夫婦として継続して婚姻生活を送ってきた実績があるわけではない。すなわち、原告らは、平成九年六月ころから年末にかけてA田のもとで同棲していたようであるが、その後、原告が群馬県伊勢崎市に転勤してからは、原告の方が週に三、四日A田のマンションに通っていたというものである。婚姻届については、前記第二の一2記載のとおり、原告が入管法違反によって起訴され、有罪判決を受ける前の平成一〇年一二月二日に届け出されたものにすぎない。そして、右婚姻届が提出された後も、原告は勾留され、また、前記第二の一3記載のとおり収容が継続されていることから、現在も夫婦の実体を有しないことを総合すると、原告とA田との夫婦としての実体は成立していないといってよく、単に婚姻届が提出されているという形式があるだけである。

(3) しかも、原告とA田は、平成一〇年一月ごろには結婚の話をし出したとし、原告は、平成一〇年八月にA田の母親に婚姻の意思を伝えていたと陳述するのであるから、原告らの結婚意思が真摯なものであれば、他に何らかの障害があったというのでなければ、逮捕の相当以前に婚姻手続は可能であったにもかかわらず、原告らは実際にはこれを行っておらず、原告の逮捕、勾留、起訴といった一連の手続が進行し、まさに判決という直前になって初めて急きょ婚姻届を提出し、相互に戸籍上夫婦の形式をとるべく手続を行っているのである。

(4) また、原告らが婚姻手続を行わなかった理由について、A田は、「すぐに結婚しなかったのは、どのように、手続したらいいのか、そして、書類を集めるに当たってのバングラデシュの郵便事情がわからなかったこと等からです。」などと述べているのに対し、原告は、「妻は母親のこと、日本で暮らすかバングラデシュで暮らすのかなど悩みがあるので考えさせて欲しいという返事でした。」とか、「私は妻とは日本ではなくバングラデシュで生活したいと思っていました。しかし、妻は一人娘で、妻の父は離婚(一五、六年前)しており、妻の母は体調が思わしくなく、母は妻をたよりにしているため、妻は母を見捨てることができないということで、私も本国の母親にどう説明しようかと悩み、なかなか結論が出ず、二人で悩んでいるうちに、私が警察に逮捕されてしまいました。」などと供述し、両者は異なった理由を述べており、両者とも婚姻に向けてはその障害となる重要な課題を抱えていたものであって、容易には婚姻に至れない状況にあったものである。このように婚姻届の提出が遅れた理由について、原告あるいはA田それぞれに異なる課題を持っていたのであって、そもそも両者の間の婚姻意思が互いに成熟していたのか、ひいては両名の確定的な結婚意思が従前から存在していたのかについては疑問が持たれるのである。

(5) 右(2)ないし(4)に述べた状況をみれば、本件裁決の時点において、原告とA田との間に夫婦としての実体が十分に成立していたとはいい難く、また、婚姻意思が成熟していたのかについては多いに疑問の残るところである。

(6) 他方、原告は、稼働能力を有する健康な成年男子であり、原告本人が供述するように、将来的にはバングラデシュで生活したい意向を示しており、本国には母親及び三人の兄妹が在住していることに加え、本邦において職業や資産はないものの、本国には生活をしていく上で十分な土地、家屋を有していることから、本国で生活することは十分可能と認められる。

(7) また、外国人配偶者の本国で婚姻生活を送っている日本人も多く、A田が前記のような思惑の相克を今後乗り越えてバングラデシュに赴いて原告と婚姻生活を送ることも十分可能である。

(8) そして、そもそも原告は、本邦において在留することが我が国の刑事司法において犯罪であると認定されて有罪の確定判決を受けているのであり、かかる外国人は、本来的には前記第二の一3記載の手続により国外退去を余儀なくされるに至るのである。しかるに、原告は、その判決の宣告に至るまでに、そして、まさに有罪判決が予測される中で、婚姻意思の十分な一致もなく、夫婦生活の実体もないままに単に婚姻届を提出し、その一事をもって、当然に在留特別許可を付与されるべきであるとか、当然のごとく法律上保護される権利性をもった地位を取得するとか主張しているのであって、かかる原告の主張は著しく不合理である。

(二) そこで、被告法務大臣は、右(一)に述べた諸般の事情を総合的に考慮した上で、原告について特別に在留を許可すべき事情があるとは認められないと判断し、本件裁決をなしたものである。したがって、被告法務大臣が、本件裁決に当たり、その付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したと認め得るような特別の事情がないことはもとより、その判断が全く事実の基礎を欠き、社会通念に照らして著しく妥当性を欠くなどといえないことは明らかであって、本件裁決における被告法務大臣の判断について、裁量権の逸脱又は濫用はなく、本件裁決は適法である。

4 B規約違反の主張について

(一) B規約の裁判規範性はさておくとしても、B規約一七条は、自由権的基本権である人格権の一つとされるいわゆるプライバシー等の権利の保障を規定したものであり、「恣意的に若しくは不法に干渉され」「不法に攻撃されない」とは、「法による適正な手続によることなく」との意味に解されている。また、B規約二三条は、家族生活を営み、あるいは婚姻する権利等が自由権的権利として国家等による侵害から保護されることを規定したものと解されるが、かかる保護ないし保障は、我が国で合法的に在留していることを当然の前提としている。

そして、移動、居住、出国帰国の自由を保障したB規約一二条においても、すべての出入国が自由であるべきものとはしておらず、自国民及び外国人の出国(同条二項)と自国民の帰国の自由(同条四項)を保障したにとどまり、また、B規約一三条は、「合法的にこの規約の締約国の領域内にいる外国人は、法律に基づいて行われた決定によってのみ当該領域から追放することができる。」旨規定している。

これらの規定からも明らかなとおり、国際慣習法上、外国人の入国の許否は、当該国家が自由に決し得るものであり、憲法上も、外国人は我が国に入国する自由を保障されているものでないことはもちろん、在留の権利ないし引き続き本邦に在留する権利を保障されているものでもないし、仮に外国人に家族生活を営む権利が認められるとしても、それは当該外国人が我が国に合法的に在留している限りにおいて認められるにすぎないのである。

したがって、入管法に則ってなされた本件裁決によって原告のかかる権利自由を侵害するものということはできない。

(二) また、右に述べたとおり、B規約一三条が、在留外国人に対し、法律に基づいて退去強制手続をとることを容認していることからすれば、B規約一七条及び二三条はその文言からして外国人の在留の権利について特に定めたものとは認められず、右条項を根拠に、外国人が家族生活を営むために本邦に在留する権利が保障され、法律に基づく退去強制の手続によっても退去を強制されることがないとする解釈は本末転倒である。

さらに、仮に、本件裁決が原告と日本人配偶者の結合に対する干渉に該当するとしても、それが法令に基づくものであって、「恣意的」若しくは「不法」なものとはいえないことは、前記3に述べたところから明らかである。

(三) そして、B規約を解釈する権限は各締約国にあり、規約人権委員会の一般的意見等は、B規約の有権解釈を示すものでも、法的拘束力を有する解釈を示すものでもないし、ましてやヨーロッパ人権裁判所の判断は、B規約の有権解釈を示すものでも、我が国において法的拘束力を有するものでもないのである。

第三当裁判所の判断

一  本件裁決に違法があるかどうかについて

1  入管法五〇条によれば、被告法務大臣は、入管法四九条に基づく異議の申出について裁決をするに当たって、容疑者に退去強制事由が認められ、異議の申出が理由がないと認める場合でも、当該容疑者が「特別に在留を許可すべき事情があると認めるとき」に該当するときは、その者の在留を特別に許可することができる旨定められているところ、被告法務大臣は、右在留特別許可を付与するか否かを決するに当たっては、当該外国人の個人的な事情のみならず、国内事情、国際情勢、外交政策等の諸般の事情を総合考慮の上、その自由な裁量により、在留特別許可を与えるか否かを決することができるものである(最高裁昭和三四年(オ)第三二号同年一一月一〇日第三小法廷判決・民集一三巻一二号一四九三頁参照)。そして、在留特別許可の許否にかかる被告法務大臣の裁量権の性質にかんがみると、被告法務大臣が退去強制事由に該当する外国人に対し在留特別許可を与えなかったことが、被告法務大臣の裁量権の範囲を超え又はその濫用があったとして違法となるのは、その判断が全く事実の基礎を欠き、又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである場合に限られるというべきである。したがって、裁判所は、被告法務大臣が在留特別許可を与えなかったことの適否を審理、判断するに当たっては、在留特別許可を与えないとの判断が被告法務大臣の裁量権の行使としてされたものであることを前提として、その判断の基礎とされた重大な事実に誤認があること等により、右判断が全く事実の基礎を欠くかどうか、又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により右判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるかどうかについて審理し、それが認められる場合に限り、被告法務大臣が在留特別許可を与えなかったことが、その裁量権の範囲を超え、又はその濫用があったものとして違法であるとすることができるものと解するのが相当である。

2  原告は、原告とA田の婚姻は愛情に基づく真摯なものであり、このような原告の婚姻の真実性、過去の生活実態に照らし、原告には在留特別許可が認められるべきであり、被告法務大臣が右の事情を全く考慮せず、原告に対し在留特別許可を与えなかったのは、裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たる旨主張するので、この点につき判断するに、前記第二の一の事実に《証拠省略》を併せれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告は、昭和四三年一二月二日生まれのバングラデシュ国籍を有する男性である。

原告は、バングラデシュで中学校を中退後、衣服の生地を販売する店で働いていたが、日本で働いていた原告の兄から、日本に行けばたくさんのお金が稼げるという話を聞き、兄を頼って、日本で働くために来日することとした。

(二) 原告は、平成二年一〇月四日、大阪空港に到着し、外国人入国記録の「日本滞在予定期間」及び「渡航目的」欄にそれぞれ「ONE WEEK」、「BUSINESS」と記載して上陸申請をし、右同日、大阪入管大阪空港出張所入国審査官から、入管法別表第一に規定する在留資格「短期滞在」、在留期間「九〇日」とする上陸許可を受けて本邦に上陸した。

原告は、本邦に上陸した約一週間後の平成二年一〇月一一日ころから、原告の兄の働いていた群馬県群馬郡所在のA野鋳造において車の部品の加工の仕事を始め、平成三年一〇月ころまで約一年間稼働し、その後、埼玉県秩父市所在のB山商会に転職し、約半年間稼働したが、平成四年四月ころ解雇された。その後約二か月間は仕事をしていなかったが、平成四年六月ころから、同市所在のC川産業において平成五年一二月ころまで稼働し、再び群馬県に戻り、平成六年一月ころから同年一二月ころまで同県北群馬郡所在の個人経営の飾りものの仕上げをする職場で稼働し、さらに、平成七年一月ころから、平成八年三月ころまで、同郡所在のA野鋳造の子会社であるD原産業において稼働した。

この間、原告は、在留期間更新許可申請又は在留資格変更許可申請をすることなく、右上陸許可の在留期限である平成三年一月二日を超えて本邦に不法に残留していたものである。

(三) 原告は、平成八年四月ころ、バングラデシュ人であるFから、同人の経営する国際電話の営業の仕事を手伝ってほしい旨の要請を受け、同人のもとで国際電話の営業の仕事をするようになった。同人は、平成九年一月ころ、東京都練馬区を本社として、E田インターナショナルを設立し、原告も、これに伴い同会社の本社において稼働するようになった。

A田(昭和四一年六月三日生)は、平成九年五月にE田インターナショナルに入社し、本社で稼働するようになり、そのころ、同社で稼働する原告と知り合った。

A田がE田インターナショナルに入社して間もないころ、A田のはさみに、同人のニックネームである「SANA」と書いてあるのを原告が見つけ、原告がA田に、「SANA」というのはバングラデシュでは有名な乳製品の名前であると話しかけたことがきっかけで、原告とA田は会話を交わすようになった。その後、A田は、原告らその同国人であるE田インターナショナルの社長F及びほかの社員と一緒に時々酒を飲みに行くなどするようになり、原告とA田は、自然に親しく話をするようになった。

平成九年六月に入ってからは、原告とA田は、池袋などへ買物に行ったり、居酒屋へ行ったりして、交際を始めた。そして、そのころから、原告は、頻繁にA田の賃借している部屋(以下「A田の居宅」という。)へ泊まるようになり、また、同月下旬から、原告とA田は、A田の居宅で一緒に暮らすようになり、その後、二人で八景島シーパラダイスや後楽園遊園地、東京ディズニーランドに遊びに行くなどして、交際を深めていった。A田は、原告と同居を始めたころ、原告がオーバーステイ状態であることを知った。

交際を深める中、原告とA田は、共に結婚を考えるようになり、平成九年一〇月ころには、原告からA田に対しプロポーズをし、お互い結婚について具体的に話し合うようになった。しかし、原告がオーバーステイ状態であるため、結婚できるのかどうか、結婚できるとしてどのような書類、手続が必要なのかがわからなかったこと、また、婚姻届を提出することがきっかけになって、原告のオーバーステイ状態が露見し、原告が逮捕されてしまうのではないかとの懸念があったこと、他方、A田の母親がバングラデシュ人と結婚することに反対するのではないかと考え、A田の母親が同年一月に卵巣ガンの手術を受けたばかりであり、A田は、原告との婚姻届を提出したいということをなかなか母親に言い出せなかったことなどから、原告とA田は、婚姻の手続に踏み切れないでいた。

(四) 平成九年一二月に至って、E田インターナショナルは、群馬県伊勢崎市に群馬支店を開設し、原告は、群馬支店に転勤を命じられ、同月二一日から、原告は、群馬支店に勤務するようになった。群馬支店へは、A田の居宅からは、片道で二時間程度の時間を要した。

E田インターナショナルの群馬支店の入居しているビルの八階が、原告ほか三人の社員の寝泊まりする部屋として用意されたが、原告は、A田の居宅から通勤することとし、自宅に戻れない時には群馬支店に用意された部屋に泊まることとした。原告は、一週間のうち二、三回は群馬支店に用意された部屋に泊まり、その他の日と土曜日、日曜日はA田の居宅へ帰り、A田と一緒に過ごした。そして、A田の居宅へ帰れないときには、その旨A田に連絡をしていた。また、このころも、原告は、原告のシェービングクリームやひげ剃り、ゲーム機、本、衣服、調理に使う調味料等をA田の居宅に置いていた。

また、原告とA田は、平成一〇年夏ころに、千葉方面へ旅行へ行った。

(五) 平成一〇年八月ころ、A田は、原告を連れて母親の所へ行き、A田と原告は既に一緒に住んでいること及び右同棲は結婚を前提としてのものであることを告げた。

A田の母親は、A田と原告の結婚についてすぐには賛成しなかったが、A田と原告と三人で食事をするなどするうちに、次第に原告に好感を持つようになり、平成一〇年九月ころには、A田と原告の結婚について賛成の意向を示すようになった。

(六) 原告は、平成一〇年一〇月一二日朝、A田の居宅から出勤し、E田インターナショナルの本社でミーティングをしたあと、群馬支店に向かったが、右同日、自動車を運転中に警察官の職務質問を受け、栃木県佐野市韮川二七八番地一先道路上において、入管法違反容疑により栃木県佐野警察署員に現行犯逮捕された。そして、同月二三日、入管法違反(不法残留)事件により宇都宮地方裁判所足利支部に起訴され、同年一二月一〇日、同支部において、入管法違反(不法残留)により懲役二年、執行猶予四年とする判決の宣告を受け、右判決は同月二五日に確定した。A田は、原告が佐野警察署に勾留されている間、週に二回位の割合で面会に行った。

A田は、右起訴後、右判決前の間の平成一〇年一二月二日、板橋区長に対し、原告との婚姻届を提出した。同婚姻届は、受理伺とされた後、右同日付けで受理された。

(七) 東京入管入国警備官は、平成一〇年一〇月一五日、同日付けの宇都宮地方検察庁足利支部から原告についての通報を受け、これに基づき、入管法二四条四号ロ該当容疑者として違反調査に着手した。そして、違反調査を行った結果、原告が入管法二四条四号ロに該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして、同年一二月九日、東京入管主任審査官から収容令書の発付を受け、同月一〇日、宇都宮地方裁判所足利支部において右収容令書を執行し、右同日、原告を東京入管収容場に収容した。東京入管入国警備官は、同月一一日、原告を入管法二四条四号ロ該当容疑者として東京入管入国審査官に引き渡した。A田は、東京入管収容場へ、毎日面会に行った。

一方、平成一〇年一二月一六日ころ、A田は、原告の仮放免の申請をした。

東京入管入国審査官は、平成一〇年一二月二八日、審査の結果、原告が入管法二四条四号ロに該当する旨の認定を行い、原告にこれを通知したところ、原告は、右同日、口頭審理を請求した。

A田は、平成一一年一月一二日、東京入管に出頭し、A田が原告と知り合って婚姻するまでの経緯等について事情聴取を受けた。

東京入管特別審理官は、同年一月一三日、A田立会いのもと、原告について口頭審理を行い、右同日、入国審査官の前記認定に誤りのない旨の判定をし、原告にこれを通知したところ、原告は、右同日、被告法務大臣に異議の申出をした。

これに対し、被告法務大臣は、同年一月二九日、原告の異議の申出は理由がない旨の裁決(本件裁決)をし、本件裁決の通知を受けた被告東京入管主任審査官は、同年二月一日、原告に本件裁決を告知するとともに、本件退令発付処分を行った。そこで、東京入管入国警備官は、右同日、本件退令を執行し、原告を引き続き東京入管収容場に収容した。

その後、同月一七日に、東京入管入国警備官は、原告の身柄を東日本センターに移収したが、A田は、週に二回の割合で、原告の収容されている東日本センターへ面会に行っている。

3(一)(1) 右に認定したとおり、原告とA田は、平成九年五月ころ知り合い、同年六月ころから交際を始め、同月下旬ころからA田の居宅で一緒に暮らすようになったこと、同年一二月から原告がE田インターナショナルの群馬支店に勤務するようになってからも同居を解消したわけではなく、原告は、遅くなって帰れない場合を除き、A田の居宅から群馬支店へ通勤していたこと、原告がA田の居宅に帰れない場合には、その旨をA田に連絡をしていたこと、原告とA田は、同年一〇月ころから結婚を考え、二人で結婚についての具体的な話をするようになったこと、平成一〇年八月ころには、A田の母親に対し、原告とA田が結婚する意思であることを伝えたこと、A田の母親も、原告とA田と三人で食事をするなどするうちに、同年九月ころには、原告とA田の結婚について賛意を示してくれるようになったこと、原告が逮捕、勾留、起訴され、さらに東京入管に収容されたあと、A田が頻繁に原告のもとへ面会に行っていることなどからすると、原告とA田が、婚姻意思が成熟していないのに強制送還されるのを回避する目的をもってあえて婚姻の届出をしたものということはできず、両名は、一年半近くの交際を通して互いに愛情をはぐくみ、真に婚姻する意思をもって婚姻の届出をしたものと認めるのが相当である。そして、婚姻の届出後は原告の収容が継続しているため同居できない状態にあるが、両人は、それ以前において、前記2(三)認定の事情から婚姻手続をとることがなかったものの、婚姻の意思を持ちながら同居を継続し既に事実上の婚姻関係にあるとみ得る状態に至っていたものであり、原告が拘禁、収容中も、A田においては頻繁に面会に行くなどして夫婦関係にあるものとして精神的な支えになろうと努力し、ひたすら原告に在留特別許可がおりて、我が国において真摯に夫婦関係を築いて行こうとする姿勢がうかがわれるのであって、両名の婚姻関係は真意に基づく実体の備わった関係であると評価するのが相当である。

(2) この点、被告らは、原告とA田は平成九年六月から同棲していたが、原告が群馬支店に転勤してからは、原告が週三、四回A田のマンションに通っていたにすぎないこと、原告の逮捕の相当前に婚姻手続が可能であったのに、婚姻届が提出されたのは原告の逮捕、勾留、起訴といった一連の手続が進行し、判決宣告直前であったことなどから、原告とA田の間には婚姻の実体があったとはいえず、また、婚姻意思が互いに成熟していたものとは認められない旨主張する。

しかし、夫婦の一方が勤務先から転勤を命ぜられたときに、その任地に夫婦一緒に赴けない事情があるような場合に単身で赴任するということ、赴任先が相当程度遠距離で、毎日通勤することが困難である場合に、週のうち数回は、勤務先周辺に宿泊するということは一般に行われているものである。そうすると、かかる生活形態も社会通念上夫婦の生活形態の一つとして認められているものであり、右のような生活形態にあることをもって、夫婦関係が破綻しているとか、夫婦の同居が解消されたなどと評価することはできない。本件の場合、A田も仕事をしており、原告と共に群馬支店周辺へ転居することは困難であり、原告とA田の居宅から群馬支店までは片道二時間程度かかることからすれば、原告が週の半分程度は、群馬支店近くに用意された会社の宿泊施設に宿泊することはやむを得ず、このことをもって、原告とA田の従前の生活が解消されたとみることはできない。そして、原告は、衣服や預金通帳などの所持品をA田の居宅に保管しており、また、A田の居宅へ帰れないときは必ずその旨の連絡をしていたというのであるから、原告の生活の本拠はA田の居宅にあったということができる。むしろ、原告は、片道二時間程度もかかるにもかかわらず、週の半分以上は、A田の居宅へ帰っていたことからすると、原告とA田の間には、引き続き事実上の婚姻関係が存在していたとみるべきである。

また、確かに、原告とA田は、平成九年一〇月ころから具体的に結婚の話をしていたにもかかわらず、実際に婚姻届が提出されたのは、原告が起訴された後の平成一〇年一二月二日であるが、前記2(三)で認定したとおり、右のように婚姻届が遅れた原因は、原告がオーバーステイ状態であるため、結婚できるのかどうか、結婚できるとしてどのような書類、手続が必要なのかがわからなかったこと、婚姻届を提出することがきっかけになって、原告のオーバーステイ状態が露見し、原告が逮捕されてしまうのではないかとの懸念があったこと、A田の母親がバングラデシュ人と結婚することに反対するのではないかと考え、A田の母親が同年一月に卵巣ガンの手術を受けたばかりであり、A田は、原告との婚姻届を提出したいということをなかなか母親に言い出せなかったことなどによるものであり、原告らが抱いた右のような懸念は首肯できるものである。そして、その間、A田は、原告を母親に紹介し、最初は結婚に賛成してくれなかった母親を、原告と三人で食事をするなどして、結婚に賛成してくれるように努力していたことがうかがわれるのである。

してみると、被告ら主張のような事情があることをもって、原告とA田との間の婚姻が実体を欠くとか、婚姻意思の成熟性が認められないということはできず、被告らの右主張は採用することができない。

(二)(1) ところで、婚姻は、夫婦が同等の権利を有することを基本とし、相互の協力により維持されなければならないものであり(憲法二四条参照)、我が国の国民が外国人と婚姻した場合においては、国家としても、当該外国人の在留状況、国内事情、国際情勢等に照らして当該外国人の在留を認めるのを相当としない事情がある場合は格別、そうでない限り、両名が夫婦として互いに同居、協力、扶助の義務を履行し、円満な関係を築くことができるようにその在留関係等について一定の配慮をすべきものと考えられ、B規約二三条も「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位であり、社会及び国による保護を受ける権利を有する。」、「婚姻をすることができる年齢の男女が婚姻をしかつ家族を形成する権利は、認められる。」と規定し、その趣旨を明らかにしているところである。そして、入管法が「日本人の配偶者」を在留資格として掲げているのもその配慮の一つの現れであるとみることができる。

被告法務大臣は、在留特別許可を与えるか否かについて前記のとおり広範な裁量権を有するものであるが、日本人と婚姻し、夫婦の実体を形成している外国人について右の裁量権を行使するに当たっては、両名の夫婦関係の維持、継続を保護するという右に述べた見地から十分な配慮をすることが要請されているものというべきである。

(2) 被告らは、原告が本国であるバングラデシュで生活することは、その家族関係、資産関係からみて十分可能であること、A田も同国に赴いて原告と婚姻生活を送ることも十分可能であるとし、原告が我が国に在留すべき特別の事情はないかのように主張する。

しかしながら、A田の母親は離婚していて、両名は母一人子一人の関係にあり、A田において手術をしたばかりの母を残して外国に赴きそこで生活をすることは困難な状況にあり、また、我が国とバングラデシュとでは、経済事情のみならず、生活習慣等も相当異なることを考慮すれば、A田と原告の婚姻が真意に基づくものであれば、原告の母国であるバングラデシュで夫婦生活を送ればよいかのようにいう被告らの主張は、原告及びA田が我が国で築いた具体的な人間関係、国籍を異にする男女が円満な夫婦生活を送る上での実際上の困難、各国の経済・生活の実情を考慮しない議論であって、たやすく採用することができない。

(3) また、原告は、結果的に約七年九か月にわたり我が国に不法残留し不法に就労していたものであり、右行為は、我が国の出入国管理の秩序を乱すものであって強く非難されるべきであるが、就労行為自体及びその他の生活状況に関していえば、原告は、その間まじめに就労し、入管法違反(不法残留)のほかには、犯罪行為を犯した事実は認められず、我が国において平穏に生活していたものと評価できるのであって、在留特別許可を付与すべきかどうかの判断に当たって、不法残留の点のみを過大に評価し過ぎるのは適当でないというべきである。

他に、原告の在留状況、国内事情、国際情勢等に照らして原告の在留を認めるのを相当としない事情があることをうかがわせる証拠はない。

(4) 前記(一)で認定した事実関係及び右(1)ないし(3)に説示したところによれば、被告法務大臣がした本件裁決は、原告とA田の婚姻意思ないし婚姻関係の実体についての評価が明白に合理性を欠いており、また、法違反(不法残留)の不良性を強調し過ぎるあまり、右(1)記載のとおりの配慮がなされるべき両名の真意に基づく婚姻関係について実質的に保護を与えないという、条理及びB規約二三条の趣旨に照らしても好ましくない結果を招来するものであって、社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものといわなければならない。

4  そうすると、被告法務大臣が原告に対し在留特別許可を付与しなかったことについては、裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用した違法があるといわざるを得ず、したがって、本件裁決は取り消されるべきである。

二  本件退令発付処分について

退去強制手続において、被告法務大臣は、入管法四九条一項の異議の申出に対し、異議の申出が理由があるかどうかを裁決して、その結果を主任審査官に通知しなければならず(入管法四九条三項)、主任審査官は、被告法務大臣から異議の申出が理由がないと裁決した旨の通知を受けたときは、速やかに退去強制令書を発付しなければならない(同条五項)ところ、右一で説示したとおり、本件裁決は違法であるから、本件裁決に基づく本件退令発付処分もまた違法なものというべきであって、本件退令発付処分は取り消されるべきである。

第四結論

よって、原告の本件請求はいずれも理由があるから、これらを認容することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青栁馨 裁判官 谷口豊 加藤聡)

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